東京高等裁判所 昭和49年(行コ)31号 判決 1981年4月22日
控訴人
亡宮公訴訟承継人
宮壽美子
右訴訟代理人
新井章
外八名
被控訴人
国
右代表者法務大臣
奥野誠亮
右指定代理人
松永榮治
外五名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一訴訟の承継について
記録に編綴されている戸籍謄本(筆頭者宮公)によれば、本件控訴を申し立てた原審原告宮公が昭和五〇年一二月二九日死亡し、妻宮壽美子、長女宮聡子、長男宮肇、次男宮亨がその相続人であることが認められる。そこで、右宮公の死亡による本件訴訟の承継について判断するが、本件については、控訴代理人として弁護士新井章ほかが亡宮公によつて選任されているから、同人の死亡により訴訟手続が中断するものではなく、したがつて、訴訟承継人において訴訟手続を受け継ぐ必要のないことは、いうまでもない。
本件は、亡宮公が、法八〇条二項本文の規定により昭和三九年一月二八日法七九条の二の老齢福祉年金の受給資格を取得し、岡山県知事から、昭和四四年五月一二日付で昭和三九年二月分以降の右年金受給権につき裁定を受けるとともに、恩給法による普通恩給を受給していることを理由に、同月分以降の右年金の支給を停止する旨の本件処分を受けたので、右処分が憲法二五条、一四条に違反し無効であるとして、被控訴人に対し、昭和三九年二月分から昭和四八年九月分までの老齢福祉年金請求権の存在を主張し、その支払いを求めて提起した訴訟であり、老齢福祉年金受給権に基づく請求権を訴訟物とするものである。ところで、右年金受給権は、法二四条により譲り渡し、担保に供し、又は差し押えることができないとされており、一身専属権と解すべきであるから、民法八九六条但し書により相続の対象とはなり得ないものであり、したがつて、亡宮公の相続人らは、本件の訴訟物である右年金受給権にかかる亡宮公の法律上の地位を承継するに由ないものといわざるを得ないから、同人の相続人であることの故をもつて、本件訴訟の控訴人たる地位を承継した者ということができないことは明らかである。しかし、法一九条は、年金給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかつたものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であつてその者と生計を同じくしていたものは、右順序による順位に従つて、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができると定めているから、もし、亡宮公の主張する老齢福祉年金請求権がその主張どおり存在するとすれば、右請求権は、同人の死亡により、同人と生計を同じくしていたことに争いがなく、かつ、法定の第一順位者に当る同人の妻宮壽美子が法一九条に基づいて取得すべきものである。そうとすれば、亡宮公がその主張する老齢福祉年金の支払いを求めて提起した本件訴訟における同人の当事者としての資格は宮壽美子に移転したものと解するのが相当であり、本件訴訟の控訴人たる地位は、同人において承継したものとすべきである。
二亡宮公の老齢福祉年金受給権とその支給停止処分
亡宮公が、昭和三九年一月二八日満七〇歳に達した日本国民として、法八〇条二項本文の規定により法七九条の二の老齢福祉年金の受給資格を取得したこと、岡山県知事が、昭和四四年五月一二日付で亡宮公に対し、昭和三九年二月分以降の右受給権の裁定をするとともに、同人が恩給法による普通恩給を受給していることを理由に、同月分以降の老齢福祉年金の支給を停止する旨の本件処分をしたことは、当事者間に争いがない。
三国民年金制度における老齢を支給事由とする年金についての概要
1 国民年金制度は、憲法二五条二項に規定する理念に基づき、老齢、廃疾又は死亡によつて国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によつて防止し、もつて健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的とし(法一条)、老齢、廃疾又は死亡に関して必要な給付を行うものである(法二条)が、その費用につき、社会保険の方式により保険料として被保険者が納付する拠出金と国庫の負担金とをもつて充てるもの(法八五条一項、八七条ないし八九条)及び国庫負担金のみをもつて充てるもの(法八五条二項)の二種類がある。前者がいわゆる拠出制年金であり、後者がいわゆる無拠出制(福祉)年金である。
2 社会保険の方式による拠出制年金は、他の公的年金制度の対象から除外された二〇歳以上六〇歳未満の国民を被保険者とする(法七条)が、昭和三六年四月一日において五〇歳をこえる者は被保険者から除外され(法七四条)、ただ、右同日において五五歳をこえていない者は、都道府県知事に申し出て任意に被保険者となることができる(法七五条)。被保険者は保険料を納付しなければならない(法八八条一項)が、障害者、母子家庭又は一定以上の所得のない者等保険料を納付することが困難な者は、その納付を免除される(法八九条、九〇条)。拠出制年金のうち老齢を支給事由とする老齢年金は、保険料納付済期間、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間又は保険料免除期間が二五年以上である者が六五歳に達したときに支給する(法二六条)のを原則とするが、特例として、昭和五年四月一日までに生れた者すなわち拠出制年金制度の発足の日である昭和三六年四月一日において三一歳をこえる者については、右年金受給資格期間を年齢に応じて二四年ないし一〇年に短縮し(法七六条)、更に、大正五年四月一日以前に生れた者すなわち前記の昭和三六年四月一日において四五歳をこえる者については、受給資格期間を年齢に応じて七年ないし四年に短縮している(法七八条)。老齢年金の額は、保険料納付済期間及び保険料免除期間に応じて定められる(法二七条、七七条、七八条)。
3 無拠出制年金のうち老齢を支給事由とするものには、拠出制年金の被保険者でありながら、同年金の支給要件を充足しないためその支給を受けることができない者に対し、支給要件を緩和して支給する老齢福祉年金(法七九条の二)と拠出制年金の対象から除外された明治四四年四月一日以前に生れた者に対して支給する老齢福祉年金(法八〇条)とがある。その支給額は法定されており(法七九条の二第四項、但し、昭和三七年法律第九二号による改正前は法五四条)、制度発足当時は年額一二、〇〇〇円であつたが、その後数次にわたつて改正された。右改正の経過は別表のとおりである。
ところで、老齢福祉年金については支給を停止される場合があり、そのうち本件と関連するものは次の二つの場合である。
(一) 老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるとき(法七九条の二第六項、六五条一項)。
右の原則には例外があつて、一定の範囲において公的年金給付の受給者に老齢福祉年金の併給が認められている(法七九条の二第六項、六五条三項)が、その範囲は制度発足以来変遷している。すなわち、制度発足当初は、老齢福祉年金の額が公的年金給付の額より多いときは、その差額相当の老齢福祉年金の支給を停止せず併給することとされていたが、昭和三七年法律第九二号による改正により、公的年金給付の額が二四、〇〇〇円に満たないときは、右金額と公的年金給付の額との差額相当の老齢福祉年金(但し、老齢福祉年金額を限度とする。)を併給することとされ、また、昭和四六年法律第一三号による改正により、老齢福祉年金の額を二七、六〇〇円に増額すると共に、公的年金給付の額が右老齢福祉年金の額に満たないときは、その差額相当の老齢福祉年金を併給することに改められ、ついで、昭和四七年法律第九七号による改正により、公的年金給付の額が政令で定める額に満たないときは、その差額相当の老齢福祉年金(但し、老齢福祉年金額を限度とする。)を併給することに改められ、政令で右金額は六〇、〇〇〇円と定められ(国民年金法施行令五条の二)、その後、右併給限度額は別表のとおり逐次増額されて来た。ところで、昭和三七年法律第九二号による法の改正の際、公的年金給付のうち、戦争公務によるものについては、新たに特例が設けられ、公的年金給付が戦争公務によるもので、その額が七〇、〇〇〇円に満たないときは、その差額相当の老齢福祉年金(但し、老齢福祉年金の額を限度とする。)を併給することとし(法六五条五項)、その後も右併給限度額は別表のとおり順次引き上げられ、昭和四六年法律第一三号による改正後は、前記政令の定めにより、戦争公務による公的年金給付のうち、准士官以下にかかるものの受給者に対する併給制限が撤廃され、更に、昭和四七年には中尉又はこれに相当するもの以下にかかるものについて、昭和四八年には大尉又はこれに相当するもの以下にかかるものについて、それぞれ政令の改正により、その受給者に対する併給制限が撤廃された。右に述べた老齢福祉年金及び公的年金給付の各併給限度額の推移は別表のとおりである。
(二) 老齢福祉年金の受給権者、その配偶者又は一定の範囲の扶養義務者の前年の所得が一定の金額をこえるとき等(法七九条の二第六項により準用される法六六条一項、但し、昭和四五年法律第一一四号による改正前は六五条六項、昭和三七年法律第九二号による改正前は同条四項)。右金額の推移は別表のとおりである。
四法八〇条の老齢福祉年金の趣旨
<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
国民年金制度は、厚生年金、恩給、各種共済組合年金、船員保険等在来の公的年金制度が、一定の条件を備えた被用者のみを対象とし、国民の大半を占める農林漁業者、自営商工業者、零細企業の被用者などは、右各種年金制度から取り残されていたところ、人口の老齢化、家族制度の崩壊、社会保険意識の高揚、戦後の経済復興等の社会的要因を背景とし、国民皆年金の理念に基づいて、これら年金制度の外に取り残されたすべての者に年金的保護を及ぼすために制定されたものである。そして、その立案に当つては、在来の各種年金制度がすべて拠出制を採用していたこと、老齢のような予測される将来の事態についてはもとより、身体の障害や配偶者の死亡のような予測し難い事態についても、あらかじめ所得能力のあるうちに自らの力でできるだけの備えをすることが望ましいこと、無拠出制を建て前とすると財政支出の急激な膨張が避けられず、将来の国民に過大な税負担を強いる結果となること、拠出制とした場合その積立金の運用によつて生ずる利子をもつて制度の内容の充実を図ることができることなどを考慮して、拠出制の年金を国民年金制度の基本とすることとしたが、拠出制年金については、その費用の一部を国庫の負担とする仕組みをとることとするので、もし、拠出制年金のみを設けることとすれば、貧困のため保険料を拠出した期間が不足するなど拠出制年金の支給要件を充足しない者にはなんらの給付も行われず、保険料を拠出するゆとりがあつて拠出制年金の支給要件を充足した者だけが、国から国庫負担を通じて援助を受けるという不公平な結果となるところから、拠出制年金の支給要件を充足することができない者に対しても年金を支給し得るようにするため、無拠出制年金を補完的に設ける必要があり、また、拠出年金だけで貫くと、制度発足当時既に老齢、廃疾又は死亡の事態が発生している者(老齢者、廃疾者、母子家庭等)には年金的保護を及ぼすことができなくなるが、その解決策を示さない年金制度では制度創設の意義も半ば失われてしまうと考えられる一方、無拠出制年金を一定年齢以上の者に支給するという制度を恒久的に設けることは、老齢人口の増加に伴う国庫負担の過大化、他の諸制度との不均衡等の問題があつて事実上不可能であると考えられることから、既に老齢等の事態が生じている者について、経過的措置として無拠出制年金を支給する必要があるとの理由で、拠出制年金のほかに、無拠出制年金を補完的及び経過的なものとして設けることとなつた。右基本的構想に基づき、法は、一般的に拠出可能と認められる二〇歳以上六〇歳未満の者を拠出制年金の被保険者として強制加入させ、保険料納付期間を二五年としたうえ、保険料納付義務について所定の要件を満たした者が六五歳に達したときに老齢年金を支給することを建て前とし、他方、右支給要件を満たすに必要な保険料を納付することができなかつた者に支給する老齢福祉年金を、補完的なものとして法五三条ないし五五条(昭和三七年法律第九二号による改正後は法七九条の二)に定め、また、国民年金制度発足時に、六〇歳未満ではあるが、既に五五歳をこえていて保険料を納付しても老齢年金を受ける資格を取得することができないため、拠出制年金の被保険者から除外される者に支給する老齢福祉年金を、経過的なものとして法八〇条に定めた。
五老齢福祉年金の公的年金給付の受給による支給制度の趣旨及び併給限度額の改正経緯
<証拠>によれば、次の事実が認められる。
国民年金制度は、在来の公的年金制度の対象外に取り残されていた者に年金的保護を及ぼすという国民皆年金の理念に基づいて創設されたものであり、老齢福祉年金は、国民年金制度の基本である拠出制年金の保護の及ばない高齢者に対し、国民皆年金の実をあげるため支給することにその趣旨があるものであるから、老齢福祉年金を他の公的年金給付の受給者にも支給することは右趣旨にそわないこと、一般に他の公的年金制度においても国庫は相当な負担をしているので、他の公的年金給付の受給者に対し考齢福祉年金を併給するとすれば、国庫が二重の負担をする結果となり、殊に、他の公的年金給付の受給者に対し老齢福祉年金等の無拠出制年金を全部併給するとすれば、国庫の負担が増大することなどの点を考慮し、公的年金給付の受給者に対しては、老齢福祉年金を支給しないことを原則とし、ただ、例外として、公的年金給付の受給者が受ける公的年金給付の額が老齢福祉年金より低額のときは、公的年金給付を受けない者との権衡上右受給者を保護する必要があるとして、前記のように、その者に対し老齢福祉年金との差額相当額の老齢福祉年金を併給することとした。ところが、公的年金給付の受給者に対する右のような老齢福祉年金の併給制限については、国民年金制度発足後、恩給法又は遺族援護法により旧軍関係の扶助料、年金等の支給を受けている戦争犠牲者の側から、公務扶助料、増加恩給などは、戦争による軍人、軍属の死亡又は傷病に対する国家補償であつて、社会保障を目的とする老齢福祉年金とは性質を異にするものであるから、両者は当然併給すべきものであり、また、戦争で息子を失つた父母などの遺族には老齢福祉年金が支給されず、息子が生還している場合にはその父母に老齢福祉年金が支給されるのは不合理であるとして、強い不満が表明され、恩給関係団体が併給を実現するための運動を強力に進めた。このような背景の下に、昭和三五年一〇月国民年金審議会に併給小委員会が設けられ、同委員会において討議が重ねられた結果、併給はすべての公的年金を対象として平等に行うものとすること、軍人恩給の公務扶助料など戦争公務による公的年金給付には、生活保障的要素と精神補償的要素とが含まれていることは認めるべきであり、他の一般の公的年金と区別した取扱いをすること、右区別の割合は普通扶助料と公務扶助料との比率を基準とすること、との結論が出されたので、老齢福祉年金の公的年金との併給限度額について、戦争公務による公的年金給付の場合と他の一般公的年金給付の場合とを区別し、一般公的年金給付との併給限度額は二四、〇〇〇円としたのに対して、戦争公務による公的年金給付との併給限度額は、兵にかかる恩給法による公務扶助料の普通扶助料に対する倍率を参酌し、右二四、〇〇〇円の約三倍の七〇、〇〇〇円とする昭和三七年法律第九二号による法の改正を見るに至つた。その後、戦争公務による公的年金給付は逐次増額され、その都度、主として、従前老齢福祉年金の併給を受けることができた者が公務扶助料等の増額の結果老齢福祉年金の併給を受けることができなくなる事態が生じないようにとの配慮から、老齢福祉年金の戦争公務による公的年金給付との併給限度額が引き上げられ、昭和四六年一一月以降一部併給制限が撤廃されるまでに至つたことは、前記のとおりである。これに対し、一般公的年金給付については、併給限度額が昭和四七年まで据え置かれたが、これは、併給限度額を引き上げるよりも、むしろ、公的年金給付自体の充足を図るのが本来の在り方であるとされたからであり、その結果、年金額の増額、最低保障額の引上げ等の措置が講じられで来た。
以上の事実によれば、老齢福祉年金は、これを設けた趣旨に財政上の理由も加わつて、公的年金給付の受給者にはこれを支給しないことを原則とし、例外として、公的年金給付の受給者に、少くとも老齢福祉年金なみの金額を最低保障をするため、一定限度内でその併給をすることとなつたものであることは明らかであり、また、戦争公務による公的年金給付については、生活保障的要素のほかに、軍の命令により戦地等に駆り出され、強制的に戦争の遂行に協力させられ、酷烈な環境下で生命の危険にさらされつつ公務に従事し、これに起因して死亡し、又は傷害を受けた戦争の最大の犠牲者ともいうべき旧軍人、軍属及びその遺家族の精神的損害に対する国家補償的要素が含まれているとして、その給付額が一般公的年金給付の額より概して高額に定められて来たこと、老齢福祉年金の併給も、右生活保障的要素との関係においてのみ制限するとの基本的前提に立つものであることが十分推認される。
なお、老齢福祉年金の受給権者又は一定範囲の扶養義務者の前年の所得が一定の金額をこえるときにも、その支給が停止されることは前記のとおりであるが、前提各証拠によれば、これは、右年金の財源が全部国庫の負担となつているところから、ある程度以上の所得があつて所得保障の必要度が低い者にこれを支給するのは適当ではない、との理由に基づくものであることが認められる。
六老齢福祉年金の支給停止と憲法二五条
憲法二五条一項は、すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有すると定め、いわゆる生存権の保障をしているが、右規定は、個々の国民に対して具体的、現実的な請求権を付与したものではなく、国が、国民一般に対して、概括的に、健康で文化的な最低限度の生活を保障する責務を負い、右保障をすることを国政上の任務とすることを明らかにしたもの、換言すれば、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものである。したがつて、国民は、右規定により直接、国に対し健康で文化的な最低限度の生活を保障すべきことを請求し得るものではなく、右規定の理念を実現する立法がなされることによつてはじめて具体的、現実的な請求権を取得するものであり、その反面、国は、右規定により当然、国民に対し健康で文化的な最低限度の生活を保障するため、社会的立法を制定し、社会的施策を実施するよう努めるべき責務を負うものである。生活保護法は、憲法二五条一項の理念に基づき、国が生活に困窮するすべての国民に対し健康で文化的な最低限度の生活を保障することを目的として制定されたもので(同法一条、三条)、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用したうえでなお最低限度の生活を維持することができない場合に、必要な保護を行うものであり(同法四条)、したがつて、保護の実施に当つては、その必要性を確かめるための資力調査を当然の前提とし、保護の内容も個別的事情に応じて異り(同法一一条ないし一八条)、同法が、公的扶助制度として、憲法二五条一項の理念を具体化するための施策であることは明らかである。次に、憲法二五条二項は、国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないと定めている。右規定は、ひつきよう、国には、国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障する同条一項に基づく責務があるのみならず、更に、広く社会的施策を拡充、強化し、国民の社会生活水準の確保及び向上に努めるべき責務もあることを宣言したものである。すなわち、国は、単に、健康で文化的な最低限度の生活を維持することができない者を救済するだけにとどまらず、国民がそのような事態に陥ることをあらかじめ防止し、更に進んで、国民の社会生活水準を確保し、向上させるよう、あらゆる施策を実施すべき責務を負担しているものである。要するに、憲法二五条は、国が行うこれらの諸施策が総合されて、結局、すべての国民が、健康で文化的な最低限度の生活を維持し得るのみならず、更に、その生活水準を向上させて行くことができるような仕組みとなるように、国政を運用することを要求しているものであつて、同条二項に基づく諸施策が、それぞれ単独で最低限度の生活の保障を実現するに足りるものであることを要求しているものではなく、また、右諸施策については、それが国民の健康で文化的な最低限度の生活の維持を不可能にするものでない限り、それぞれに、いかなる目的を付し、いかなる役割機能を分担させるか、あるいは、いかなる要件の下にいかなる法的保護を国民に与えるかは、立法政策の問題として立法府の裁量に委ねられているものと解すべきであり、このような立法政策に属する事項については、政治上その当否の批判を受けることはあつても、憲法二五条違反の問題を生ずることはないというべきである。
ところで、前記四で認定した法八〇条の老齢福祉年金が設けられた理由にかんがみると、老齢福祉年金は、憲法二五条二項に基づく施策の一つである国民年金制度の一環をなすものであつて、健康で文化的な最低限度の生活を保障することにその目的が存するものでないことは明らかである。もつとも、老齢福祉年金は、無拠出制でその給付財源のすべてが国庫負担となつている点において、憲法二五条一項の理念を実現する公的扶助としての生活保護法に基づく生活保護と共通する面があるが、生活保護が、前記のように、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを活用したうえでなお最低限度の生活を維持することができない者に対して、必要な保護を行うものであり、保護の実施に当つては、資力調査を当然の前提とし、保護の内容も個別的事情に応じて異るのに対し、老齢福祉年金は、前記のように、一定限度以上の所得による制限はあるものの、明治四四年四月一日以前に生れた者に対し、七〇歳に達したことのみを要件として一定の金額を一律に支給するもので、その者が自己の所得、資産、能力等のみにより最低限度の生活を維持することができるかどうかを問題としない点において、本質的な相違があり、老齢福祉年金の給付財源を全額国庫負担としたのは、国民皆年金の理念と社会連帯の思想に基づく社会保障推進のための政策的配慮による特別の措置にすぎない。すなわち、生活保護が、貧困者に対する事後的、補足的な救貧施策としての生活保障であるのに対し、老齢福祉年金は、老齢国民の生活水準の維持、向上を図るため、その所得の一部を保障し、生活の安定に寄与しようとするもので、事前的な防貧的施策としての所得保障である。
控訴人は、老齢福祉年金が老齢国民の健康で文化的な最低限度の生活を保障することを目的とするものであることの理由の一つとして、法が他の公的年金給付の受給者にも老齢福祉年金の受給権を認め、一定限度内で他の公的年金との併給を認めていることを挙げる。確かに、法は、一定の要件に該当する者すべてに対し老齢福祉年金の受給権を認めたうえで、受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、老齢福祉年金の支給を停止することとし、更に、例外として、公的年金給付の額が一定の金額に満たない場合に、右金額と公的年金給付の額との差額相当額の老齢福祉年金を併給するという規定の仕方をしている。しかし、前記五で認定した右支給停止の規定が設けられることになつた理由に照すと、法が右のような規定の仕方をしたのは、公的年金給付の受給者は、すべて老齢福祉年金の支給対象から除外し、例外として、公的年金給付の額が老齢福祉年金より低額な者に対しその差額相当額だけの老齢福祉年金を支給するということをそのまま規定すると、公的年金給付及び老齢福祉年金の額が変動するたびに差額が変動し、老齢福祉年金の受給資格の内容のみならず、受給資格自体が発生したり消滅したりする事態が生じ、その都度、受給権及び受給金額の裁定手続を経なければならず、老齢福祉年金給付の事務手続が非常に煩さになり、情勢の変化に即応し得ないという不都合が生ずるので、かかる事態を避けるための立法技術上の理由に基づくものと解し得るから、法の規定の仕方から老齢福祉年金の目的を論ずることは相当でない。
控訴人は、老齢福祉年金について、受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、その支給を停止する旨定めた法の規定及びこれに基づいてなされた本件処分は、憲法二五条に違反して無効であると主張する。
しかし、老齢福祉年金は、前記のように、国民年金制度の一環として設けられたものであつて、憲法二五条一項にいう健康で文化的な最低限度の生活の保障を直接の目的とするものではなく、また、国民は右規定により直接国に対し右最低限度の生活の保障をすべきことを請求すべき権利を有するものではないから、仮に、亡宮公の所得が普通恩給の給付のみで、それだけでは最低限度の生活の維持が不可能であつたのにかかわらず、老齢福祉年金の支給が停止されたものであるとしても、老齢福祉年金の支給停止の本件処分が亡宮公の憲法二五条一項に基づく権利を侵害したものとはいえず、したがつて、右支給停止を定めた法の規定について憲法二五条一項違反の問題が生ずることはないというべきであり、更に、国民年金制度は、他の公的年金制度の対象から除外された者に年金保護を及ぼすことを目的とし、老齢福祉年金は、その一環として、同制度の基本である拠出制年金の保護を受けることができない老齢者に支給すべきものとして設けられた補完的、経過的なものであるため、公的年金給付を受けることができる者については、一定の場合その支給を停止し、又は制限することとされたものであることは前記のとおりであるが、年金的保護をいかなる範囲の者に及ぼすかは立法政策の問題として立法府の裁量権の範囲に属するものであり、国民年金制度及び老齢福祉年金が設けられた前記認定の趣旨、経緯に照らせば、右のように、公的年金給付を受けることができる者については、原則として年金的保護を与えないものとし、老齢福祉年金の支給を停止し、又は制限することは、右裁量権の行使を著しく誤つたものとは認められないから、右支給制限に関する法の規定が憲法二五条二項に違反するということはできない。なお、控訴人は、右規定は、公的年金給付の受給者が一定の要件の充足により一旦取得した老齢福祉年金の受給権を制限するものであり、右制限には合理的理由がないから憲法二五条に違反する旨主張する。しかし、法の規定の仕方は論理上控訴人主張のとおりではあるが、老齢福祉年金は、それが設けられた当初から、公的年金給付の受給者に対しては支給すべきものではないとされ、例外として、一定限度内で公的年金給付との併給が認められて来たものであり、法の規定の仕方は立法技術上の理由に基づくものと解されることは、前記のとおりであるから、右支給制限に関する規定は、当初無条件に付与した受給権を後の立法によつて制限したものではなく、したがつて、右を前提とする控訴人の右主張は採用できない。
七老齢福祉年金の支給停止と憲法一四条
1 公的年金給付の受給者とその他の者との取扱いの差別について
憲法一四条は、国民の法の下における平等の原則を宣言しているが、同条といえども、差別を絶対的に禁止しているものではなく、合理的な理由に基づいて差別をすることが、同条に違反するものでないことはいうまでもない。
法は、公的年金給付を受けることができる者について、右給付の額が老齢福祉年金の額に満たない場合にその差額分相当の老齢福祉年金を併給するほかは、老齢福祉年金の支給を停止することとしているが、その理由が、老齢福祉年金を公的年金給付と併給することは、国民年金制度及び老齢福祉年金の趣旨に反すること、一般に他の公的年金制度においても国庫が相当な負担をしているから、公的年金給付の受給者に対して老齢福祉年金を併給するとすれば、国庫が二重の負担をする結果となり、殊に公的年金給付の受給者に老齢福祉年金等の無拠出制年金を全部併給するとすれば、国庫の負担が増大することなどの点が考慮され、ただ、公的年金給付を受けない者との権衡上、公的年金給付の受給者に少くとも老齢福祉年金なみの金額を最低保障することとされたことにあることは、前記のとおりであり、右によれば、公的年金の受給者に対し、他の者と異なり、老齢福祉年金の支給を制限したことには合理的理由があるものというべきである。そして、また、亡宮公が受給していた普通恩給は、公務員として法定の年数以上在職した者が退職したときに(恩給法四五条)、退職時の俸給年額と在職年数に応じて所定の方法で算出される額(同法六〇条、六三条)を支給する年金(同法二条)であつて、老齢福祉年金と同様、所得保障としての性格を有するものであることは否定できないところであり、かつ、恩給を受くべき公務員は恩給納金として若干の拠出をすべきことになつてはいる(同法五九条)ものの、恩給の財源は全額国庫の負担である(同法一六条)から、普通恩給の受給者に対し、老齢福祉年金の併給を前記の理由により制限したからといつて、不合理であるということはできない。
控訴人は、同一人に対する複数の給付の併給調整が合理性をもつためには、各給付が、平均化した水準に達しており、かつ、併給を調整されても止むを得ない程度の水準に達していることが必要であると主張するが、右のとおり、公的年金給付の受給権者に対し老齢福祉年金の併給を制限することについては一応の合理的理由が認められ、また、各種年金の給付額は、当該年金の性格、拠出の有無、拠出額、社会事情、国の財政事情等、諸般の事情を総合して決められる立法政策の問題であるから、控訴人の右主張は、併給調整の在り方としての老齢福祉年金の併給制限の当否についての批判としては格別、右併給制限を違憲と断ずる根拠とはなり得ない。
2 公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとの取扱いの差別について
昭和三七年法律第九二号による法の改正以来公的年金給付のうち戦争公務によるものとその他のものとが、老齢福祉年金の併給制限について異なつた取扱いを受けて来たことは、前記三において判示したとおりである。しかし、老齢福祉年金の支給制限の趣旨、公的年金給付との併給限度額の推移及び戦争公務による公的年金給付と一般公的年金給付の間に老齢福祉年金の併給について取扱いを区別することとなつた経緯は、前記五において認定したところであり、これらによれば、戦争公務による公的年金給付の額が一般の公的年金給付の額より概して高額に定められているのは、前者が生活保障的要素と精神的損害に対する国家補償的要素とを含んでいることによるものであるから、右のように給付額に差を設けたことには相当の理由があるものというべく、老齢福祉年金の併給制限に関し、戦争公務による公的年金給付につき特別な取扱いがなされて来たのは、右公的年金給付のうち生活保障的要素部分についてのみ老齢福祉年金の併給を制限するとの基本的前提によるものであつて、老齢福祉年金の併給制限の趣旨にかんがみ相当の措置というべきであり、また、戦争公務による公的年金給付のうち生活保障的要素部分と国家補償的要素部分との比率をどのようにするかは、立法政策にすぎず、立法府は、例えば、生活保障的要素部分を零とし、この部分を他の年金制度に代替させることも裁量をもつて定めることができるものであり、戦争公務による公的年金給付について、老齢福祉年金との併給限度額が漸次引き上げられ、一般公的年金給付の場合の併給限度額との間の差が次第に開いたのは、時勢の推移によつて戦争公務による公的年金給付の受給者の特別な立場に対する理解、評価が変化したため、立法府が、その裁量権に基づき、国民感情及び財政事情を考慮のうえ、右公的年金給付のうちの国家補償的要素部分の生活保障的要素部分に対する比率を次第により大きく評価した結果によるもので、大尉又はこれに相当するもの以下にかかる公的年金給付について、老齢福祉年金の併給制限が撤廃されたのも、右公的年金給付を国家補償的なものとし、生活保障的要素部分はすべて老齢福祉年金に代替させることとした結果によるものであると解することができるから、右措置をもつて、立法府の裁量権の範囲を逸脱したものとは認めることはできない。
3 公的年金給付の受給者と一般所得者との取扱いの差別について
前記のとおり、法は、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることのできるときに、老齢福祉年金の併給を制限しているほかに、老齢福祉年金の受給権者の前年の所得が一定の金額をこえるときにも、老齢福祉年金の支給を制限することとしており、そして、前者の併給制限基準額と後者の支給制限基準額は別表のとおりであり、その間にはかなりの相違がある。
ところで、法は、一般所得による老齢福祉年金の支給制限の事由となる所得の範囲及びその額の計算については、公的年金給付も他の所得となんら区別せず所得として取り扱つているのであるが、控訴人は、右基準額に相違を設けるのは、所得の一部に公的年金給付のある者とそうでない者との間で取扱いを異にするものであり、不合理な差別であると主張する。しかし、公的年金給付の受給者に対して老齢福祉年金の併給を制限したのは、前記のとおり、国民年金制度が、在来の公的年金制度の対象外に取り残されていた者に年金制度の保護を及ぼすという国民皆年金の理念に基づいて創設されたものであるため、現に他の公的年金によつて保護を受けている者に重ねて老齢福祉年金を支給することは、国民年金制度の本来の趣旨に反することと国家財政上の理由とに基づくものであるのに対し、一般所得による老齢福祉年金の支給制限は、前記のとおり、右年金の財源が全部国庫の負担となつているところから、ある程度以上の所得があつて所得保障の必要度が低い者にこれを支給するのは適当でないとの理由によるものであつて、それぞれその趣旨、目的を異にするものである。したがつて、右各制限基準額に差異がないからといつて、なんら不合理な差別ということはできず、また、右差異が著しく不合理で立法府の裁量権の範囲を逸脱したものとも認められないから、控訴人の右主張は理由がない。
4 結局、老齢福祉年金の受給権者が公的年金給付を受けることができるときは、その支給を停止する旨定めた法の規定及びこれに基づいてなされた本件処分は、憲法一四条に違反して無効であるとの控訴人の主張は、すべて理由がないことに帰する。
八以上の次第で、老齢福祉年金の支給停止を定めた法の規定が憲法二五条及び一四条に違反し無効であることを前提とし、右規定に基づく本件処分の無効を理由とする控訴人の本訴請求は、その前提である憲法違反の主張が認められない以上、理由のないことは明らかであり、棄却を免れない。
よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(田宮重男 新田圭一 真榮田哲)
別表 改正経過一覧表
年度
(昭和)
老齢福祉年金
(年額)
本人所得による支給
制限(前年所得)金額
公的年金給付との併給制限基準
一般のもの
戦争公務によるもの
三四年
一二、〇〇〇円
一三〇、〇〇〇円
老齢福祉年金の額
(一二、〇〇〇円)
三七年
一五〇、〇〇〇円
(一〇月分から)
二四、〇〇〇円
七〇、〇〇〇円
三八年
(九月分から)
一三、二〇〇円
一八〇、〇〇〇円
三九年
二〇〇、〇〇〇円
(一月分から)
八〇、〇〇〇円
四〇年
(九月分から)
一五、六〇〇円
二二〇、〇〇〇円
(一〇月分から)
一〇二、五〇〇円
四一年
二四〇、〇〇〇円
四二年
(一月分から)
一八、〇〇〇円
二六〇、〇〇〇円
(一〇月分から)
一二九、五〇〇円
四三年
(一月分から)
一九、二〇〇円
二八〇、〇〇〇円
四三年
(一〇月分から)
二〇、四〇〇円
(一〇月分から)
一三五、五〇〇円
四四年
(一〇月分から)
二一、六〇〇円
政令所定の額
(三〇〇、〇〇〇円)
(一〇月分から)
一四四、八〇〇円
四五年
(一〇月分から)
二四、〇〇〇円
同右
(三二〇、〇〇〇円)
(一〇月分から)
老齢福祉年金の額
(二四、〇〇〇円)
一六七、三〇〇円
四六年
(一一月分から)
二七、六〇〇円
同右
(三五〇、〇〇〇円)
(一一月分から)
同右
(二七、六〇〇円)
(一〇月分まで)
一七〇、七〇〇円
一一月分以降
准士以下無制限
四七年
(一〇月分から)
三九、六〇〇円
同右
(三八〇、〇〇〇円)
(一〇月分から)
政令所定の額
(六〇、〇〇〇円)
中尉以下無制限
四八年
(一〇月分から)
六〇、〇〇〇円
同右
(四三〇、〇〇〇円)
(一〇月分から)
同右
(一〇〇、〇〇〇円)
大尉以下無制限
四九年
(九月分から)
九〇、〇〇〇円
同右
(三〇〇、〇〇〇円)
(九月分から)
同右
(一六〇、〇〇〇円)
同右
五〇年
(一〇月分から)
一四四、〇〇〇円
同右
(六〇〇、〇〇〇円)
(一〇月分から)
同右
(二四〇、〇〇〇円)
同右
五一年
(一〇月分から)
一六二、〇〇〇円
同右
(七〇〇、〇〇〇円)
(一〇月分から)
同右
(二八〇、〇〇〇円)
同右
五二年
(八月分から)
一八〇、〇〇〇円
同右
(八〇〇、〇〇〇円)
(八月分から)
同右
(三三〇、〇〇〇円)
同右
五三年
(八月分から)
一九八、〇〇〇円
同右
(九〇〇、〇〇〇円)
(八月分から)
同右
(三七〇、〇〇〇円)
同右
五四年
(八月分から)
二四〇、〇〇〇円
同右
(九三三、〇〇〇円)
(八月分から)
同右
(四一〇、〇〇〇円)
同右